高校3年生時に中国語の授業を選択でとって学習を開始して13年が経過。

その流れを汲んで、大学の第2外国語で中国語を選択しましたが、全く持って中途半端で全く中国語を喋れませんでした。

そんな宙ぶらりんにしてきた中国語を29歳になる人生の節目で、

「中国留学をして完璧にしよう」

と思い立ち、中国の深センに4ヶ月留学

そして、春休みに一時帰国したらパンデミックが炸裂し、中国に帰れなくなって現在に至るところであります。

 

そんな中国留学する中で1つだけで気がついたことがありました。

それは、

中国語を勉強するとモテるかもしれない

ということ。

その気づきは、留学中、深センのダーツバーでダーツを1人投げている時に訪れました。

中国でダーツは全く普及しておらず、深センでダーツが投げられるバーは1店舗しかありませんでした。

 

中国において1人ダーツは恥さらしに近い行為ですが、久しぶりにダーツを投げたかったので、この場に通う日々が続きました。

その日もダーツマシーンが置かれた1角でダーツの練習に励んでいました。

 

なんと、そこで偶然、中国の深センに来ていた日本人男性2人組と出会ったのです。

彼らも深センでダーツの投げられる場所を探していたようで、マスターの引き合いのもと、わたしたちは出会いました。

そしてとりあえずダーツを一緒に投げ、お酒を一緒に飲み、久しぶりの日本人のかたと日本語でワイワイと夜を過ごすことになりました。

 

わたしは残念ながら男。

都合、野郎3人深センに集まってしまったわけです。

ダーツに飽きた1人が場所を変える提案をしてきまして、われわれはタクシーで移動することに。

 

近くのタクシーに乗り込みましたが、交渉担当はわたしが担当。

旅行中の2人は中国語が喋れませんので、わたしがドライバーの隣に座り、ドライバーとコミュニケーションをとることになりました。

ドライバーは親切な方で、わたし達が日本人グループだと悟ると、彼が知っている日本ソングをスマートフォンでかけてくれました。

このドライバーの親切さに2人組のうちの1人は大興奮。

「ね? 中国人ってすごい優しいでしょう?」

ともう1人の連れに中国人の良さを説いていました。

 

さて。

そんなこんなでタクシーが目的地に到着し、お会計です。

メーターをみると

四十四

と出ていました。

もちろん、深センに住んでいるわたしがホストですので、料金をわたしが支払うことに。

念のため、ドライバーに

四十四(sìshísì)块吗?(44元ですか?)

と聞き、WeChat Payで四十四元を支払いました。

わたしは深センに住み始めてから3ヶ月が経過していたので、このやり取りは当たり前で自然なものだと思っていたのです。

 

しかし、日本から旅行に来ていた2人組には驚きを隠せないらしく、

「すげえ!スーシースーだってよ!」

と大興奮の様子です。

わたしもここまで「四十四(sìshísì)」で喜んでもらうとは思いませんでしたので、彼らに釣られて興奮してきました。

 

この出来事で悟ったことが1つあります。

それは「中国語を話せること」は普通の日本人にとって驚きであるということです。

その理由は、中国語は義務教育に組み込まれていないからですね。

大学で第2外国語を中国語にするか、もしくは、中国語専攻学科に進むか、あるいは中国語に突如目覚めて独学を始めることでしか身につかない言語だからです。

だから「四十四(sìshísì)」を発音できることは、一般人にとって自分の力との差異が大きく映るようです。

一方、中国語学習にとっては四十四(sìshísì)の発音なんて基本中の基本で、驚くべきことはありません。

 

さて、それでは日本の義務教育に組み込まれている「英語」はどうでしょうか。

一応、中学1年から3年間勉強しますので、中学を卒業している限り、全日本人が英語を学んだことがあると言っても過言ではありませんね。

ゆえ、四十四を英語で発音した場合の

forty four

はそれほど難しくありません。ほぼ全ての日本人が上手い下手はあれど、forty four を発音できるでしょう。

 

ゆえ、「forty four」を英語で超クリアに、ネイティブっぽく発音したとしても、

「あー、forty fourね」

と軽くあしらわれるのがオチです。

 

つまり、英語以外の言語を学習することには希少性があり、超基本フレーズであっても、すごいことに思えてしまうのです。

逆に言えば、英語力がどれほどあっても希少性をうみだしにくいとも言えます。

なんせ、みんなとりあえず3年間は英語にコミットしていますからね。

 

ここに、第2外国語を勉強する価値がございます。

英語以外の外国語を話せるということは、一般人にとっては驚きの対象であり、輝いて映るのです。

なぜなら、自主的に学習しない限りこれらの言語に触れることはないからです。

この事情はもちろん、中国語以外の言語であるロシア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、韓国語にも当てはまります。

 

しいて言うなら、中国語に限って言えば「声調の存在」が大きいでしょう。

中国語の声調は一般の方が知っている英語や日本語には含まれない中国語特有の性質です。

例え、流暢に中国語を話せなくても、四十四(sìshísì)を発音できれば普通の人に強烈な印象を与えられます。

もし、その場に意中の人がいた場合は落とせる可能性も、あります。

今現在、コロナの影響で中国語に行ける見込みはゼロに等しいですが、腐らず学習を継続していきましょう。

 

それでは!

Ken